華-Hana-躁鬱回顧Diary

人生いつもスタートダッシュ

もなか 退院〜その後

退院した日

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4日に退院をして、心配していた調子は翌日も変わりませんでした。

むしろ少し良くなったのか、突然、ふらつきながらも夫の筋トレマシンにジャンプしました。声をかけたら久しぶりに『ニャ』となき声を聴くこともできました。

「抗がん剤をやってよかったね」

そう話していました。

 

 

 

 

 

6日月曜日。

 

ご飯や水をとらなくなりました。

顔を起こすのがよりしんどそうに、でも時々少しずつ歩いては横になるを繰り返していました。

 

 

 

 

点滴に行きました。

 

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顔を上げることも抵抗することもなく、されるがままに針を刺され、点滴を入れても2.3時間後には排尿して、水分が全部出ていきました。

口から薬はもう無理だろうとのことで、注射でステロイド剤を入れました。

7日、8日も同様に。

徐々に顔を起こすこともなくなっていくもなかをみていました。

 

 

 

 

 

 

 

8日 夜19:00

 

 

 

夕方点滴後、なんだか今日は静かに過ごさせてあげたいと思いました。

娘を黙らせることは基本的に無理なので、久しぶりに2階へ連れて行き、いつも一緒に寝ていた寝室で2人でいました。

 

2階で最初は布団のまわりをぐるぐると転びながら歩き、さわるとお腹を見せては片足を挙げ手に乗せ、しんどそうにしながらも甘えてきました。

 

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やがて私の膝に手を置いて横になりました。

 

 

もなかはいつも、私が姿勢悪く壁に寄りかかると決まってすぐに胸まで乗ってきては、首に手を回し赤ちゃんのように甘える猫でした。 

もしかして、また「これ」がしたいのかもしれない…?

 

 

そう思い身体を持ち上げ胸のところで抱いていると、しばらくそのまま歩こうとはせず落ち着いて過ごしました。

 

 

 

 

 

2時間くらい経った頃突然腕から飛び出し、端の方におぼつかないまま歩いて行きました。

 

 

 

端の方に着くと突然身体を大きく仰け反り、『グワァァー』と低音でうなって顔を天上に向けて、この上ないほど苦痛を歪ませた顔をしました。

目も瞳孔が開き始めていました。

ゆっくりとした呼吸になっていきました。

 

 

7月9日 1:00

 

 

 

直前まで私の枕に寝ていたもなかが、急にまた歩こうとしました。

もう足が動かず、歩けず、布団からなんとか少し出たところで動けなくなり横になっていました。

 

急性白血病になり体温調節ができなくなってからは床で寝ることを好んでいたので、もう私も、無理に布団に戻すことはせず、いつまで持つかわからないもなかの呼吸を、ずっと眺めていました。

 

 

 

 

 

 

 

1:55

 

 

 

 

次の日仕事に行く可能性を考えて眠剤を飲んでいたので30分ほど寝てしまい、ハッと目を覚ましもなかを見ると、もう呼吸をしていませんでした。

 

 

 

 

 

家族に声をかけて回って、全員でまた泣きました。

火葬は最短10日になったので翌日は仕事に行き、一人一人に報告し、今度は皆が泣いていました。

 

 

 

 

 

『あの時トラもね…』

『うちの犬も…』

『子猫の時は…』

 

皆が皆、それぞれ自分のペットへの思いや後悔が残っていて、重なって思い出すのでしょうね。

普段聞き役に徹している人まで泣きながら、その時の思いを語っていました。

 

 

 

 

猫って理屈だとか科学では計り知れない、ファンタジーなところがありますよね。

もなかが死んですぐ、さくちゃんが私の涙をなめてくれました。さびは普段絶対に座らない、もなかお気に入りの椅子に座ってニャーニャーないていました。

 

 

火葬の直前も…

 

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さくちゃんが近寄り、さびが慰めるような素振りをした後もなかに近付き、しばらくじっと見ていました。

わかっているんだろうなと、理屈でも科学でもないところで感じました。

 

 

 

火葬を終えてもなかは再び家に帰ってきましたが、家にいないことに慣れない不思議な感じと、短期間だけど毎日気が休まらなかったことに対しての、その不安はないはずなのにそわそわしてしまうようなそんなさみしさが混じった気持ちで、2日間を過ごしています。

生きてるもなかが私の制止を振り切り自ら火葬場に入っていく夢まで見ました。

 

 

 

 

 

思っていたより、堪えています。

白血病の検査をしておけば。

肥満をもっと疑っていれば。

もっと家で過ごしていれば。

 

 

 

もっとかまってあげられなかったこと

 

一生ものの後悔です

 

過ぎたことはもうどうしようもないのに。

 

 

 

 

さくちゃんとさびと金太郎を、もっと大切にしたいと思います。

もなか 入院へ

3日前、もなかの病院に行きました。

 

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体重4.6kg(病院では前回4.8kgだった)

 

 

 

血液検査パートII

そして、腹部超音波をしました

 

 

その結果、まずリンパが所々腫れ上がっていて

おそらく目も白血病からくるもので

白血球の値も変わらず、高いままでした

 

 

 

 

翌日

遅れて癌の検査結果が出ました

2種類のうち1種類は陰性

細胞検査は陽性

 

つまり癌でした

 

 

 

 

肝心な癌の起源はわからず、

突き止めるにはさらなる検査が必要

 

 

病理検査はやりますか?

治療自体は変わりません

予後を調べる参考になります

場合によっては治療も変更しやすいです

 

 

 

で、色々相談をして。

検査には時間がかかるので、結果を待っている間急変する可能性を考え、急遽抗がん剤治療を開始する選択に至りました。

 

 

 

 

金曜日

朝10時〜入院(1泊)

抗がん剤をできる状態か調べる為、3度目の血液検査

 

 

〜血液検査報告書より〜

重度血小板増加

血液細胞腫瘍

軽度非再生性貧血

不適切な赤芽球増加症

好中球左右移動

 

 

これの意味は、

 

重度の血栓リスク

細胞内の腫瘍

貧血だけど、新たな血が作られていない

髄液で作られるべき細胞が血液中に流れ出ている

髄液の機能も落ちてきているけど、新しいのは作られていない。でも左右に移動して、残った髄液でがんばっている

 

 

 

調べたらそんなところでした

 

 

 

もなかは今頃どんな状態になっているんだろう…

かえって悪くなってしまうのではないか

抗がん剤をやらない方がよかったか?

  

 

 

 

わからない

 

 

 

今後抗がん剤は週一回の日帰りが9回、その後は2週間置きに入院の半年間だそうです

毎回、「今回は」抗がん剤をできる状態かどうか検査をしてから。

 

 

でも、ちょっとの検査でも帰って来るとぐったりな今の状況で、気の休まらない入院と立て続けの抗がん剤…

そうでなくても確実に夜は私の枕元に来る頻度が減っていて

ブラッシングが大好きだったのに嫌がるようにもなって

痛がる素振りは見せないけど、きっともうとっくに痛いんだと思いました

 

 

 

抗がん剤は色々な副作用があると聞きました

 

まわりから、白血病も予後のことも、色々な体験談を聞きました

その結果、発症して治療して、苦痛なく過ごせる方法は、たぶんないです

 

 

だから答えは自分が決めるしかない

私はできる限り長生きしてほしい

けど寿命さえ長けりゃいいってわけじゃない

だからこれからはきっと、これで良いのだろうか?の疑問を、ずっと持つことになるんです

 

 

余命は短いかもしれない

でもまだ歩ける

ご飯を食べられる

トイレにも行ける

何もせずにはいられない。

 

 

 

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まだまだ一緒に過ごせると思っていました

もう少し、もう少しがんばってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

てゆうか、てゆうかね!

病院代がめちゃくちゃ高すぎる!!

 

あまりにも高額で、抗がん剤を諦める飼い主も多いそうです。

もなかのこれまでの治療費や他の猫の検査やらワクチンやら、トータルいくらだと思います?

30万

ですよ!めちゃくちゃ高い!

仕方ないにしても高すぎる!!

 

 

 

殺処分ゼロを謳っているの、おかしくないですか?

どうして国は動物達にもっとお金をかけないの

 

 

殺処分ゼロをやめろとはもちろん言わないけれど、殺処分ゼロになったところで、国民に余裕がなければ救える命も救えないじゃない

 

 

保険だってあいつら、シニアはダメ、てんかんはダメ、腎臓系はダメって、うちの猫達入れた試しがほとんどない。

 

 

貯金しておいて良かった。

本当〜〜〜〜に良かった。

私のくだらない買い物なんかに使うよりよっぽど良い。

 

でも、うちだって裕福じゃない。

苦しいなら飼うなよって思うかもしれないけど、

じゃあ行き場のない猫達を、増して線路沿いにいたサビコを、

助けないなんてできないよ!

 

 

 

 

とまぁ話が逸れてしまいました。

 

でも私は今後、この件についてもっと考える時が来るでしょう。

 

 

私は今、自分の手の内にいる猫達を、もっとちゃんと、愛してやりたい。

 

 

 

 

もう後悔は、嫌です…

もなか 闘病生活開始

我が家には4匹の猫がいます。

 

 

 

金太郎は今年17歳のサバトラ(オス)ですが、16歳で実家から母と引っ越してきてからは自由に外に出ていた時代を忘れ、今日も元気に母部屋を拠点にパトロールの毎日。

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最近写真撮ってない

 

 

さくちゃんはスコティッシュのミックス(メス)11歳ですが、生後1ヶ月でひろわれている皆と違い2歳頃にやってきました。普段の温厚&上品さは一歩外に出ると豹変し、病院でも当然ながらシャーシャー猫。先生の手を傷だらけにします。

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カメラを向けると逃げます

 

 

サビちゃんは娘にべったりの5歳のサビ猫です。元はサビコという名前なのですが、「チャビ」だの「チビ」だの「チーズ」だの娘から色々と呼ばれまくってミドルネームも全部覚えた賢い子です。なぜか私にだけ触らせてくれないのですが、寝る時は私の枕元…好かれているのか嫌われているのかよくわかりません。

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そして、もなか。 

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今日はこの子の話をしたくて書いています。

 

 

 

もなかは7歳のまんまるな三毛猫です。性格は、まるで犬。

呼べば120%で来ます。呼ばなくても半径1m以内にだいたいいます。分離不安という言葉がありますが子猫時代はおそらくそれで、その余韻がいまだに残っているところがあります。特に私に懐いていて、常日頃抱っこをせがんできます。

 

 

 

そんなもなかが最近、一匹の時間を好むようになりました。ご飯も食べているし排泄も問題ない、撫でると普段通り喜ぶけれども、呼んでも来ない。

これは絶対におかしい。

 

 

そう思った矢先、歩き方にも違和感が見られるようになりました。左の前足を庇うかのような、元気のないゆっくりとした歩き方をします。

皆が帰宅しにぎやかになると2階に行くようにもなりました。

 

 

すぐにかかりつけの動物病院に行きましたが、歩行には問題ないと言われました。病院では緊張してシャキッと歩いてしまうんです。でも生まれつきの鼻炎もひどくなってきていたので、点鼻点眼両用の物を処方してもらい帰りました。

 

 

点眼点鼻をしていくうち、右目が濁り始めたのでまた病院に行きました。別の目薬を処方され、目の検査も受けましたが結果はわからず、やがて左目まで白くなってきました。ぐったりしてるのも変わらない。…ここはもう信用できない!!

そう感じ、今度は設備が整っている大きな動物病院を探して連れて行きました。  

 

 

 

詳しい問診の後、血液検査、腹部エコー、腹部ひ臓の抗体採取、レントゲン、目の検査…

白血病やエイズなど、4時間かけて色々な検査をしました。麻酔無しで暴れ回ったと聞いて、どんなに怖かったろうと思いました。

そして結果は…白血病でした。

 

 

 

 

白血病の他に、貧血と糖尿病もありました。白内障にはかかっておらず、目の表面の膜の原因はわからないが目は見えていますよ。でも、いっそそれは一度気にしないで下さい、と先生に言われました。

そんなことよりこの子は白血球の数値が通常の6倍もある。そして癌の疑いが強いです。もしも癌だとしたら、ひ臓とリンパ系に癌がある可能性があり、いずれもステージは高い値になるから余命を意識して、体調が悪化したらすぐに連れて来て下さい

 

そう、伝えられました。

 

 

 

 

 

白血病?

え‥どこでかかった?

さくちゃんとさびときんは…

他の家に行った兄弟猫たちは。

もなかはてんかんの持病もある…

脳は、大丈夫なんだろうか。

 

 

 

この子は死んでしまうのか。

 

 

 

 

 

 

 

一瞬にして色々な事を考え出すと、目に浮かんだのは抱っこをせがみ前足を伸ばすあの姿でした

 

 

 

最後に抱っこしたのはいつだろう?

いつも何回もせがんできて、仕事で疲れているからとどうしてあの時断ってしまったんだろう

 

 

夜中トイレのドアを開けると、いつも待っていてくれた

目が合うと小さく鳴いて喜んでくれた

猫じゃらしを投げるとくわえて持って来てくれた

 

 

あの時の元気な姿と、今も毛艶が良くて撫でるとゴロゴロ甘えるもなかが、まさかもうすぐ死ぬなんてとても考えられないのです。

この子の代わりはいません。

私がどうにか助けなければ!!!

泣きながら帰宅途中の車の中で、体力を使い果たし憔悴しきったもなかの顔を見ながら思いました。

 

 

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帰宅したもなか

腹部エコーの為お腹の毛が丸刈りに

 

 

 

 

それから今日1週間の間、処方されたステロイドの薬を飲ませながら明日の癌の結果を待っています。

 

他の猫たちは皆白血病、エイズ共に陰性でした。

ワクチン5種も打ってきました。

部屋もあえて同室のまま、皆も何かを察してかもなかには近づかず、そっと離れたところから見ています。

 

 

 

もなかの調子はと言うと、よたよたとおぼつかない歩行ながら、移動や食事やトイレはまだどうにかできています。

体重は5キロ。それでも普段よりは1キロ減りました。

 

 

2階には上がれなくなりました。

疲れやすく1日中ほぼ横になっているけれども、人が近くにいることが安心するのか見かけるとどうにか歩いて来ては膝の上に乗ったりしてきます。

私は1階で寝るようになりましたが、必ず枕元に来て、いつもくっついて寝ています。

 

 

昨日は一生懸命に前足を上げて、久しぶりに抱っこをせがんできました。

涙が出ました。

 

 

 

 

がんばろう、もなちゃん

がんばろう

 

どうか病気に負けないで

まだまだずっと一緒にいたい

 

お金も全部あげる

だれかこの子の白血病が治る薬をください

せめて痛みや疲れを取り除いてあげてほしい

たまに不安そうにまわりを見渡す時、さみしい時はいつまでもそばにいてあげたい

 

 

数々の後悔

時間が足りません 

 

 

できるところまで、がんばろうと思います

 

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オー!

ふとあの人が頭に浮かぶ時

娘が毎日持ち帰って来る「連絡ノート」は、必要事項を手書きではなく1枚のプリントと共に渡され、それを折り曲げて1ページ分ずつ貼っていくスタイルです。

 

 

先日運動会がおわり、ある日プリントにはこんな文章がありました。

『運動会がんばりカードを持ち帰ります。「いえのひとから」の欄にコメントを記入して下さい。』

 

1年生の目標は『運動会でみんなを元気にする』でした。演技を参観してどう思い、どう感じたか、主語を自分にして記入して下さい。これは学校に提示した後、中学までの教育ファイルに入れて保管いたします。」

 

 

 

えぇぇ〜〜〜!!

こんな風に、頭を悩ませることがしょっちゅうです。 

文章を考えるだけなら簡単だけど、これは果たして誰向け?娘なのか1年生なのか全員なのか…とか、中学まで保管ならちょっと堅めに書くべき?とか、目標をわざわざ記載するということはそれに対しての内容も必要なの??とか。てか

コメント欄ちっっっさ!!!

提示する場所はるか上(天井ギリギリ)なのにどう読めと???

 

なのでこんな時は幼稚園時代からのママ友とやらにLINEしようか悩みます。元会長の言う事はだいたい正解だろ、という当てずっぽう。

そしてこういう自分の頭で考えられない(わからない)場面が来ると、私は自分がとても嫌になります。

 

 

 

 

得意な仕事の話をしますが、以前私の隣のデスクには職歴9年目にして典型的に物事を自分で考えられない人がいました。

「この事業をお願い」と例えば頼まれると、「この事業ってどうやるの?」から入るんです。面倒くさいので「わかんなーい」で済ませても、結局は質問を変えて次々聞かれ、あれこれ教えて気づいたら自分がやった方が早かった事態になるんです。

 

 

なので誰も仕事を振れません。

けど仕事を全く振らない&教えないとなると、それはそれで様々な悪影響が出るんです。まず人を妬み、恨む。

過去に突然2ヶ月無視された経験から、波風立てると面倒な人と察し上手に付き合ってきました。あなたが好きなわけでは

決してない。

 

 

この人を見ていて私は、聞くことは『わからないこと』に対してではなくある程度の情報を掴んでから『内容を組み立てるツール』として使うものと学びました。

①オチのない質問はしない。

 

それから、面倒な人とは表面上は仲良くしておいた方がいいと学びました。

あの人は私以上に自分軸で物事や人の好き嫌いを決めるので、一見もっと面倒そうに見える第3者の人となぜ皆が仲良く接するのかわからないんです。なので第3者が変な言動や態度を取ると、真っ向からぶつかる姿を見てきました。そして、正論を言っているのに誰も隣のデスクの味方にはつかない。

②正論≪損得勘定

 

 

そして何より、隣のデスクの人は空気というものが読めませんでした。

好かれと思っているのか武勇伝を散々聞かされ、突っぱねたら面倒くさいので終始笑顔で対応し、他の人とアイコンタクトを取りました。皆わかっているのであえて口にはしません。

③悪口は陰で言う。

 

 

結果彼は去りました。

よりによって、もっと自分で考えていかなければならないところに行きました。周囲が手こずる姿が目に浮かびます。

 

 

私も、ママ友には結局LINEしませんでした。なぜなら彼女は無駄話が長いし、幼稚園時代の保護者会の時にわからなくてもいい人柄(腹黒さ)が見えてしまったからです。

④ボランティアはやらない

 

 

色々経験して失敗して。失敗×100000ぐらいやって、ようやく交友関係がストレスフリーになりました。1:9で表面上の付き合い、サイコーです。

というか、中学の友達も大学の友達ももっと腹黒くて性格だってもっと悪いのに、なぜ『よっちゃんだから〜』で結果許せちゃうんでしょう?

 

 

そんなわけで私はまた今日も、頭を悩ませながら娘のプリントとにらめっこです。

 

相手が実は悪い人じゃないかもしれないのに、自分の疲れているタイミングで人付き合いをしたくないです。

自分のスタンスを保つために私は、つかず離れずなスタイルを保てる人(もしくはどーでもいい人)と付き合っていきたい。

 

にらめっこをしてLINEをしようか悩み、なぜか頭に浮かんだ隣のデスクの人。

この会長と似てるからかなぁ。

運動会カードの内容は結局、悩みに悩んでこう書きました。

 

『子どもたちの一生懸命がんばる姿に、とても感動しました。くやしい気持ちも大切にとっておいて、次のがんばりにつなげてほしいです。たくさんの元気を、ありがとう』

 

 

 

 

 

オールひらがなで!

やばいくらいに長文、学校でなんて絶対、読めない。

小学校が始まって

卒園式が3月半ばにあったけど、共働き世帯は翌週も通常通りの保育期間。

31日最後の日もスケジュールは通常通りで、残っている先生方と園長先生に見送られて帰りました。

 

娘も私もなんだか実感がわかぬまま、翌日からはいきなりの学童生活。入学式の8日まで、日中の間はずっとお世話になりました。

 

初日こそ緊張した顔をしていた娘も、さすがは子供!順応が早く3日もしないうちに慣れました。娘はそこら辺が本当に上手です。ただ、学童にいる主任のおばちゃんが難解です。ここの学童は小学校よりも堅い!古い!うるさい!!

「西の北朝鮮」

と名付けました。

 

 

そんな感じで学校が始まり早1ヶ月。

面食らった宿題の量にも慣れて、隙あらばサボりたがる習性の娘をどうにか口で誘導しつつ夜9時までに寝かせています。

夕方6時

ですよ帰って来るの。それを

夜9時

までに全てをやらせて寝かしつけるんです。

 

至難の業ですよ。

 

宿題、公文、ピアノ、テーブル拭き、食器の片付け、学校と服の準備。

それに加えて、人として最低限の生活(風呂とか食事とか歯磨きとか)。これだけやらせても、隙をついたように西の北朝鮮は「今日は片付けができてません!」なんて言います。(しまった確かに普段私がやっていた…)

 

学校も、担任はなんと騒がしくなると小太鼓の一撃で空気を制圧することで有名な先生に当たり、学校の教育方針も『小さいうちほど厳しく』!!

全体的にとても教育熱心なんですね。

要はこの地域は皆真面目なんです。

 

なので先日の「PTA奉仕作業」という名の、要は校庭のただの草取りも、それに乗っかって長靴に草刈り機になんなら全てフル装備で出向いたら女で草刈り機を使っているのは私だけでした。

ここは手を抜いてよかったのか…

学校も学童も親もピアノも厳しく、厳しそうな公文式だけが意外と緩い…そんな環境にいる娘です。

 

 

 

今日は運動会でした。

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写真全然関係ないですけど(笑)

草原走り回っちゃって、足速そうでしょ〜?

 

速いんです、うちの子は。

2日に1度キャベツに群がるモンシロチョウを取りにこうして駆り出してますから(消毒しろよって感じですが)。

性格おっとりなのに動きは機敏なんです。

 

モンシロチョウを捕まえて、夜家で勝手に放たれて猫が目を光らせて運動会が始まって。チョウチョは光に集まるので(上に)逃げ切り、朝窓から親子で見送る。

趣味がモンシロチョウの民宿みたいになっています。あとは公園が大好きで常連なので、そりゃあもう足は速いんです。

 

 

そんな野生児だからか、今日の運動会ではリレーの選手に選ばれました。すごい自信満々で『私の右に出る者はいない』ぐらいに言っておいて、フライングして注意されて出遅れて3位でした。

がんばったんですけどね…

 

泣いて悔しがって自信崩壊→1年かけて忘れる→自信満々。幼稚園時代からこのパターンです。意外と本番で普段の頑張りが出し切れないタイプなんです。

 

 

で、娘リクエストの手作りキャラメルがある喫茶店で昼ご飯を食べて(運動会は午前のみ)、これまたリクエストの滅多に行かないゲームセンターで10円のクレーンゲームを200円分。その間にパパに100円のクレーンゲームでトイレットペーパー12ロール入りを2つセットで取ってもらい、それなら私もと同じゲームで大きく外して、母は天然&自由なので気づいたらまたいない(スマホは基本出ない)。

その後、いつもの公園をリクエストされてまた行きました。そしてお友達に会っていつものシール&お菓子交換。田舎は今がブーム真っただ中です。

 

 

しかしなんて体力だろう…

今日1日だけでもすごく活動的だと思うのですが、もうこれが当たり前で、昼寝をしないのも当然。

つい数年前までは昼寝が当たり前の日常だったので、娘の体力が日増しにスーパーになっているのがわかります。

 

運動系の習い事をさせるかいつも迷い、結果こうして畑と草原を走らせています。この2.3年のうちにここの地域は学校主体の部活もなくなるそうで、皆どんどん各自で習っているのだそうです。

スカッシュでも中学と高校の先生がいるので色々事情を聞くのですが、地域差があったりでスカッシュの街は(自宅から車で1時間)まだまだ顧問中心で土曜もやってるよ〜と聞きました。

 

 

 

小学校に上がって確かに自分でできることが増えたけど、我々は口がよく動くようになりました。

いずれは車がよく動くようになるでしょう。全部セルフはきついなぁと思います。なんとかなるもんかな?

 

 

私も色々と鍛えてもらっています。出来不出来をハッキリさせられる感覚は、幼稚園の頃にはありませんでした。

もう必死です。

 

これまで隙間時間という自由は自分のためにしか使いませんでしたが、まず体力回復のための時間となりました。その上でできることというのは実は限られていたんだということをようやくわかったというか…。

 

 

つまり私は、ようやく普通のかーちゃん&節約家に仕上がったのです。

でも、仕上がってもまた絶対逸れる時があるんです。せめてそれを短くするべく今は苦労をしておきたい。

ちなみに節約家というのはそれはそれで記事を書きたいくらい色々やってるんですけど、一番うれしいのはフリマサイトでコツコツ3ヶ月かけて8万円の収益を達成できたことです。

 

凝り性の飽き性なのでふらふらとしてはいますが、やっぱり一番は娘のために時間を使うのが本能的にしっくりくるようです。

なるべく寄り道せずに、このままがんばります!

 

ちゃーちゃん、がんばったね☆

来月遠足のお弁当もがんばるぞー!

ハレの日とおじさんの不運

note移行中

時が経ったらここに載せます

 

 

 

 

仕事中に起きた出来事

 

 

先日、社用車に2人で私の家の前を移動中、60代後半らしきおじさんが自転車に乗ったまま止まっていました。

(あれ、どうやって足浮いたまま止まってるんだろう?あ、手でつかまって止めてるのか。)

 

そのまま会話に戻り通り過ぎる頃再びおじさんの方を見ると、なんと転んでいて、狭い道路の真ん中に体が横たわっていました。

 

「え、大丈夫?」

「助けた方が良くない?」

 

 

ですが私はこれまで、『これは助けなきゃ!!』と勢いよく飛び出したものの、結局役立たずに終わった経験が何回もあって、以降緊急性っていまいちよくわからないんですよね。だから、「自転車起こそうとしてるし大丈夫じゃない?」と相方に伝えたんです。

今思えばかなり薄情…

自分の家の前なのに…

 

 

人通りは数分に一度あるかないかの狭い田舎道。だけど、その先に家が密集しています。

 

道路の真ん中に車を突き出して停めたまま、しばらく2人で眺めた結果、下半身を起こせていなかったので緊急だろうと判断し声をかけました。

 

 

容態を聞くと、自転車から転んだ時に右の足を外側にした体制で太もも〜腰を強打したらしく、「今は痛くて立ち上がれないけど折れてはないはず、ほら」と足首から下を上下に軽々しく動かしました。

 

だけど急変するかもわからないし、声をかけた以上放ってはおけません。

救急車呼びますか?病院は?と聞くと、「車を持ってなくて帰りが大変になっちゃうから大丈夫です」と断られました。

でもここ道の真ん中だし…とりあえず自転車は端に寄せて。

 

 

動けますか?

ーいたたたた!ひねっちゃったな〜これは。

道の端までは?(同乗していた相方が支える)

ー痛い!ダメだ!

家はお近くですか?

ー(道を説明)

 

 

なんと、職場の近所でした。

 

じゃあ人手を呼ぶから家へ送りますよ、という事になり急遽応援を要請。

その間家の近所のおばちゃんが赤い車で登場し、「ちょっとぉ〜大丈夫なの?!あの人?!」となぜかパニックになったおばちゃんに説明して別の道から家に帰るよう促し、後方から来た車にも引き返すようジェスチャー

そうこうしているうちにバンの社用車に乗って現れた助っ人3人(男)

 

 

『せ〜〜〜のっっ!!』

「いたたたたたたた!!」

 

 

ようやく乗せておじさん宅へ行き、道にはみ出したバンから再び『せ〜のっ!!』と計4人の男達(こちらも皆おじさん)がそれぞれ肩と足を持ち平行に慎重〜に運び出す中、下校中の小学生の列が横を通りながら「こんにちは〜♬」と何事もないかのように元気に挨拶。

その後ろを、まるで不審者を見るかのようにじろじろこちらを怪しみながら通り過ぎる旗ふりじいさん。

 

不謹慎ながらこの情景がすごくツボに入ってしまいました…

 

 

結局、「けんちゃん」と呼ぶ人におじさんが電話をかけてすぐに車を出してもらえる事になり我々は職場に戻ったのですが、ではこれで…とサーーっと引きたいところを1人が「あ、我々そこの職場なので」とご丁寧に挨拶したものだから翌日ご家族の方が菓子折りを持ってお礼に来ました。

 

 

なんと骨折していたみたいです。

それも、人工骨を入れなければいけないほどの手術が必要だそうで、そのまま入院になったみたいです。

 

そういえばこのおじさん、左足にストマとか人工排尿とかの管が色々と入っていました。

昔のガンで今も医療が必要な体だったこともあり(ガンで衰えてしまった太ももの筋力向上のための自転車運動だった…)、最初しばらく眺めて放置してしまって、申し訳ないなという感じです。

 

 

しかも私が応援要請の電話を職場にかけた時も、バタバタしていたので「人が倒れてて!!」から始まったので、どういうわけか同乗していた相方が事故を起こして轢いてしまったと誤解を受けていました。

 

後日、同じタイミングでイオンで倒れた人がいて居合わせた4人が救助を行ったことがニュースで記事に上がっていて、「我々も感謝状をもらえたかもね〜」なんて話していましたが…

田舎では日常的によくある出来事なんですよー。

そして私は上級救命の資格証を持っていますが、こんな時は役に立たないものですね。

 

 

なんかいいことないかな〜。

 

今年も試験は絶対落ちたし(不整脈の症状にまつわる問題とか出ました、医者かよ!)。

そもそも勉強してないし。

 

 

でも今年は、一大行事があるんです。

娘が幼稚園を卒園し、小学生になります✨✨

 

これまた試験かのような保護者説明会で、同じ園から例年より多くのお友達が入学することもわかりました。

それでも田舎だから1クラスだけど。

 

で、第二の幼稚園かのようなサイズ指定の袋作りと、おはじき1つまでもの記名と、学校からの「覚えさせて」案件。ぞうきんしぼりに起床時間の固定、色々な種類のトイレを実際に使わせて回ってだとか、靴を立ったまま履けるように、傘をたためるように、登校ルートを歩くとか。

当たり前のことだけど、改めて教えておくこともけっこう多いんです。

 

そして学童の説明会。

それから、我が家は子ども会エリアなことで、歓迎会から始まる年間行事も始まります。月1回の旗ふり当番も、夏のお神輿担ぎも、お出かけ行事も。

母も地域や人と、関わっていかなければなりません。

 

 

2〜4月は幼稚園と小学校と学童と子ども会の予定でてんてこまいです。

 

 

私は病気だからと、一貫した育児ができないことに悩んできました。でも、どう悩んでも毎日は早くて、あっという間に卒園です。成長して子どもは変わります。変わらない自分のことより今しか見れない子どもをもっと見ておくべきでした。

娘だって、嘆き続ける母よりも、転んでも前向きに立ち上がり続ける母の方がいいでしょう。

 

 

今年も恒例のごとく娘からのリクエストで祖母含め家族4人、誕生祝いにディズニーランドに行ってきました。

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もう6歳です。

早い!

承認欲求と夏の終わり

季節の変わり目は、精神科の患者数を見るとわかります。

 

 

 

 

長年、精神に携わる仕事をしてきて、はじめこそ「自分の不調をさらけ出しても受け入れてもらえるものだ」と堂々と不調を素直に表現してきたけれども、そもそもそれはしっかりと仕事の実績を残すか日頃からの行いに信用があるかが大前提にあることを今更ながら感じてきました。

 

だからこそ体調に敏感になり、巷での人付き合いを選び、それでも消えない承認欲求をこうして外で吐いてきました。

承認欲求…誰かに必要とされたいと、子供にだけ向いてうまくバランスが取れたら良いのに、我が家はまるで夫と妻の立ち位置が逆。家事育児をしていると夫が寂しそうな顔をします。

「外でリフレッシュしてきなよ」と言われるのはいつも私の方。

 

 

やがて承認欲求というものに強く目が行くようになりました。

発散するべく、健康を保つべく始めたスカッシュの腕は確かに上達、役員は抜けたけれどもママ友との付き合いも必要最低限で順調、古くからの友人とも夫の友人も、近所付き合いもそつなくこなしているつもりです。

 

それでも消えない寂しさ。

夫は不調な私が好き。

不調だけど仕事をフルでこなせて、ワガママだけどモラルがあって、悩むけど決断力がある多弁な子が好き。

自分だけに見せる顔がある子は尚更好き。

 

それってまんま私だけど、それなら私の自立とは、どこに向かえばいいのやら。

 

そういうところに目を向け始まった矢先の、自助会での一年前の出来事です。

 

 

自助会にはそのまま、ふらっと通い出して一年になりました。

9月に遅れて参加した時の出来事ですが、その張本人とバッタリ再会したんです。まるで何事もなかったかのように普通に座っていました。

 

「うわ〜まじか!久しぶりだね」

「あの時はごめん」

と軽く言われましたが、その軽さにカチンときてふざけんなと怒って帰って来ました。

 

大人気ないので声のボリュームはそのままに、しかも私も完全なる被害者でもないけど、どうせもう来ないなら言いたいことは言って、あえて周りを巻き込んだ方がいい。

ちなみに転職してないけど「転職するはめになって!」とそこだけは声を大に伝えてきました。

 

 

これでもう大丈夫なはずです。私のミッションは終了。

自分のツケは自分で拭わないといけないからとても苦労しましたが、やっぱり彼も夏のおわりなんですね。

 

 

「あれはどうしたの」

「出れた出れた」

 

彼と直接会話したのはこれだけです。

どういうことかと言うと、季節の変わり目に調子を崩す人は多いですが、だからと言って犯罪が許されるべきではないと。

現に彼は多くの人に迷惑をかけそして許され、人の助けが入り助長されてしまった。

 

関わっておいて偉そうなことは言えない立場で、私だって人に迷惑をかける人種だけれども、ここまでひどくはないはずです。

 

 

そう、私だって。

 

 

病気があったって、真っ当に生きている人はいっぱいいます。

だけどブログだから綺麗事を書かなくていいとも思っていますが、彼の気持ちは、少しはわかる気がするという矛盾も正直あります。

 

 

私は夫に離婚したいと告げました。

それも夏の終わりです。

夫を納得させ、けれど母に反対され、夫も本当は離婚したくないと譲らずそのままの今。

変わらないのは何があろうと娘のそばにいられる選択です。

 

夫の前ではいつだって正直にいられます。

正直にいられるけれども、それだけでもダメなんて。

私が変わらないといけないはずです。

それもわかっています。

 

 

私にだって色々ある。

 

表面上は至って普通の毎日を送っていて、主治医の先生にも丸ごと全部話したら「それは薬でどうこうなる問題じゃない」とも言われました。

確かにこの病気のせいではない。

されど双極性障害が離婚率が高いのも事実です。

 

 

人生そう簡単にいきません。

でも夏の終わりは人生を狂わせることも事実。

私はいつだって中途半端で、私ら夫婦も結局、承認欲求の塊のようなもの。

 

 

 

ていうか。

また試験申し込んだのに!

勉強しないといけないのにぃぃ〜〜〜!!