華-Hana-の躁鬱↑↓物語

またまたリニューアル!母だし労働者だし飼育者……なんだけど、生涯自分探しの旅Blog

おとんと娘たちの話

先日、月一回会う中学の同級生(通称よっちゃん)といつものように遊ぼうと迎えに行った時のこと。

 

 

私はこれまたいつも同様、おじゃましま〜すなんていうより先に勝手に上がり込んで、なんならコタツでよっちゃんの親と談笑するのもよくある事です。厳格だったけど丸くなったよっちゃんのおとんと、おおらかなおかんです。

 

 

去年そのおとんに癌が見つかって、わりと大きな手術をしました。腎臓や膀胱を取り除き、人工的に排尿せざるを得なくなりました。そして安心したのも束の間、今度は骨への転移が見つかり、放射線治療をしながら医療用麻薬で痛みを抑えています。

 

 

なんでかな、すごく不思議です。

自分の親もそうだけど友達の親も同様に、親はいつまでたっても親であり、精神的にブレることもなく死ぬはずもないと、どこかで本気で思っている私がいます。もちろん頭ではわかっているのだけど。

 

 

それなのによっちゃんのおとんときたら、痩せたというより気が滅入っている感じで、先を見据えた発言をするし、とにかく元気がなくなってしまいました。

 

 

いや、それはむしろ当然だし、自然に排泄できなくなったストレス(なんて言葉じゃ言い表せないだろうけど)も癌の恐ろしさも、耐えられないほど辛いこともわかっているのに、威勢が良くて厳格で、よっちゃんを怒鳴りまくっていた若かりし頃のおとんはなぜか昨日のようなのです。

 

 

 

私はおとんに、職場の人もステージ4だったけど完治したよ、実績あるんだから大丈夫だよ、と励ますことしか出来ず。。

だけど本当に、大丈夫じゃないけど大丈夫と思っちゃう。

 

 

うちのばーちゃんのように80過ぎまでしっかりと生きて、ちゃんとボケて、私達にお見送りをする心の準備をさせてくれて。そこまですれば悲しくても仕方がないよねとあきらめつくから、それまでは残された者の為に頑張るべきだと、そう思ってしまいます。

 

 

 

この退院が、本当の本当は、もしもおめでたいという意味ではなかったとしても。気力を保って病に勝って欲しいと願う意味を込めて、おとんには花束を贈りました。

14で煙草を覚え、言うことをきかなかった娘たちに、怒鳴って手を上げ追いかけてきたあの頃のように、父にはいつだって元気であってほしい。

私の父じゃないけど、自分の父以上のおとんにそう思っています。

 

 

 

 

 

で、その娘たち(よっちゃんと私)はというと…

 

先日も、14の頃と何も変わらず、服を見てはギャーギャー言いながらお買い物をしました。この歳でご飯以外につきあってくれる友人がいることがどれほど貴重で、ありがたいことか。

 

 

なんとなく濁してきた病気についてもポロッと言っちゃって(カミングアウトというよりは本当にあ、みたいな感じで笑)、それにだって「もとから変だったけどそういう人なのかと思ってたよ」ってー(笑)

 

そういう、ものなんですね。「それは辛かったね…涙涙涙」とか同情されたら相手に何かを求めちゃうので、そんな風に言われるより全然よかったけど。それにお互いひどい性格なので、お互い様というよりは自分(の方)が合わせていると思っているので波長は合っているのかも。

 

 

老後までに私が離婚していたらシェアハウスしようぜ、となんとも不吉だけどありがたい約束までして、おそらくとっくに「心の友」。だけど心からそう呼び合うまでに22年かかり、それでも次遊ぶまではまぁ面倒くさい(笑)

そんなもんですね。

 

 

とりあえずおとん、負けるな。